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田島の三匹獅子

田島地域では、関東から伝承された三匹獅子が比較的古風なままに保持されてきた。現存しているのは、田島市街地北西2キロの高野(こうや)地区、水無(みずなし)川沿いの最奥の集落・栗生沢(くりゅうざわ)地区の2箇所であり、それぞれのしきたりで舞が行われている。いずれも昭和53年に福島県の重要無形民俗文化財に指定されている。

写真:栗生沢の獅子頭。2014年6月15日撮影。

取材ご協力:南会津町商工観光課、草野文男さん
一部写真撮影協力:熊川紘一さん
参考資料:田島町史 民俗編、たじまの三匹獅子(田島町教育委員会、田島町三匹獅子保存会 編)、栗生沢三ツ獅子編 (映像資料)

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高野(こうや)の三匹獅子

幣束を持って舞う獅子。高野の特色の一つだ。
高野最大の見所、「弓くぐりの舞」。くぐるのは一瞬。お見逃しなく。
2013年11月に行われた「南会津ふるさと芸能まつり」より。
稲荷神社

子安観音祭礼
毎年8月17日 午後7時
立屋沢子安観音

二百十日の前祭り
毎年8月下旬 午後7時
稲荷神社

稲荷神社祭礼
毎年9月4日 午後9時
稲荷神社

 高野の獅子は下野国文挾(ふばさみ)村(現栃木県日光市文挾町)の青木角助の作と言われている。北関東はかつて会津の屋根屋の商圏であり、高野から冬場の出稼ぎで現地へ行った折に譲り受けたものであると考えられている。
 日光東照宮建立の際には地固めの舞を演じたというエピソードがあり、その際に時刻よりも早く到着し、準備時間に余裕があったため、草履を履いて舞を行った。それが現在の草履履きの形式に受け継がれている。(類似の獅子舞は一般的にわらじを履く) この功績により日光御免のエフ(免符のようなもの)を貰い受けたと言われているが、歴史の中で失われてしまった。
 このような伝承から考えると、この獅子舞は江戸時代からの歴史を持っていることとなるが、年代等の詳細は分かっていない。

 現在は保存会によって管理・運営され、集落全員が会員になっている。稲荷神社の祭りの際には、会津田島祇園祭のようなお党屋(とうや)制度が取られる。
 定期的なものでは8月17日の子安観音講に講宿の外庭で、8月下旬の二百十日の前祭りと、9月4日の鎮守稲荷神社宵祭りには、社境内で奉納されている。また、地域で建前があれば地固めとして、伝染病が流行したときには悪病退散として舞われることもある。
 その他依頼があれば地域外であっても時期を問わずに舞う。なお、定期的に行うものはいずれも夜になってから開始される。かがり火が焚かれ、荘厳な雰囲気である。

 獅子頭は太夫(たゆう)獅子、()獅子、()獅子の三つ。3人の舞い手の他にオカメが一人、ヒョットコが2人、それにヤマ、笛、唄等が加わる。太鼓は獅子が腰からぶら下げるようにして持つ。
 舞は全体的に激しく勇壮である。牝獅子をめぐる太夫獅子と牡獅子の恋の駆け引きが、様々な演目で演じられる。
 構成は前庭と後庭に分かれており、前庭は儀礼的な色合いが強く、後庭は芸能的な要素が強い。特に「弓くぐりの舞」は全国でもここだけの演目で、その勇壮さは最大の見せ場と言える。また、随所で幣束(へいそく)を持って踊るのも珍しい。
 時間は各庭とも1時間程度だが、後庭の方がやや長く、しめて2時間から2時間半程度。神事としての要素が強い厳格な行事であるが、近年は保存会の努力によってより開かれたものとなり、遠方からも見物客が訪れる田島の観光資源の一つとなっている。

栗生沢(くりゅうざわ)の三ッ獅子

獅子を囲むように立っているのがヤマである。
雌獅子をめぐる激しい応酬。2014年6月15日撮影。
大山祇神社

大山祇神社祭礼
毎年6月第2土曜(前夜祭)日曜日
日曜は午前10時から大山祇神社

お盆
毎年8月15日 午前10時
集会所前広場

二百十日の前祭り
8月下旬 午後7時
集会所前広場

 栗生沢の三匹獅子は「三ッ獅子」と呼ばれる。高野同様、下野国文挟村から伝えられたものである。ただし直接この地へ伝わったわけではなく、初めは田島市街地の南に位置する中荒井(なかあらい)地区に伝承されていた。一説によると中荒井は採草地が少なかったため、採草権と引き換えに三匹獅子が譲られたという。安政(あんせい)4年(1857年)のことである。
 日光東照宮建立の際、地固めの舞を演じたエピソードも高野同様だ。ただ異なる部分もあり、途中で疫病の村を通りかかり、そこで疫病除けを行って時間を費やしたため、足袋も履かずに舞うことになったのだという。それが現在の素足にわらじをつけるスタイルに受け継がれているのだ。

 運営は栗生沢若者団。ここでもお党屋制度がとられており、上・中・下の三組に分かれ、その中から毎年お党屋元を輪番で決めて運営している。地区組織と一体化しているため、古来の舞を極めて忠実に残す。
 定期的なものは、毎年6月の第2日曜日とお盆の8月15日、それに二百十日の前祭りの日に大山祇(おおやまづみ)神社の境内などで執り行われる。
 不定期なものとしては、郷土芸能祭への出演、厄除けや家屋・橋等の地固め、それに火除けにも演じられる。これにはエピソードがあり、かつて栗生沢の大火の際、獅子頭がひとりでに鎮守様の下の手洗い水に潜り、火難を逃れたという伝承がある故なのだ。
 獅子頭は太夫獅子、()獅子、()獅子の3つ。他にオカメが2人、ヤマ、笛、大太鼓、唄、高張り提灯等が加わる。小太鼓は獅子が腰からぶら下げるようにして持つ。
 演目は多岐にわたり、大きく前庭と後庭に分かれる。演劇のようにドラマティックな内容が特徴だ。特に「まき寄せ」では雌獅子と相愛になった太夫獅子が雌獅子を連れて深山幽谷を逃げ歩き、雄獅子がそれを追って取り戻し、仲直りするまでを細やかな舞で表現しており、大きな見どころと言えそうだ。
 時間は2時間から2時間半程度となる。明るい時間帯に奉納されるので、衣装の美しさや舞の細かい部分まで鑑賞できる。

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