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安積守屋甚句(あさかもりやじんく)

天正(てんしょう)年間より伝わる、下守屋(しももりや)地区の郷土芸能
子供達によって七つの楽器で演奏される、華やかな甚句

取材ご協力:郡山市立三穂田公民館、下守屋安積甚句保存会会長 青木武治さん

お問い合わせは、郡山市立三穂田公民館 (TEL 024-953-2819)

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2011年11月3日に行われた、三穂田町市民文化祭にて。地元のおばあさんが、演奏に合わせて踊っていた。
下守屋地区の大慶山宗福寺。おさよの伝説に登場する、舘主の奥方の位牌が安置されている。
開けた風景が特色の下守屋地区。須賀川市(旧岩瀬村)との境界はすぐそばである。

 甚句とは日本の伝統的な歌謡形式の一つ。三穂田町下守屋でも、「安積守屋甚句」(※注)が古くから唄い継がれてきた。
 この甚句にはこんな言い伝えがある。時は天正年間(安土桃山時代)のこと、当時集落内には一軒の掛け茶屋があった。そこには「おさよ」と呼ばれる一人娘が住んでいた。おさよは稀に見る美人で気立てもよく、旧長沼街道を通る旅人達に唄を聞かせたり、村の若者達に伝授したりしていた。そんな折、舘主の奥方が急死する。悲嘆にくれた舘主はおさよと村人達を集め、一晩中お棺の周りで踊り、心を込めて野辺に送り埋葬した。それ以降、仏を供養する行事として、地域で受け継がれてきた。

 この伝統の灯を絶やすまいと立ち上がったのが、郡山市立三穂田公民館だ。近年は経験者も数える程となり、継承への危機感を持っていた。下守屋地区の子供達を集め、平成19年の6月から、下守屋分館にて月に2回程度、午後7時から9時頃まで練習を重ねている。参加しているのは、小学校3年生から中学生までだが、中学生は部活動もあるため、6年生までが中心となる。平成20年には親世代が「若駒会」を結成し、子供達の練習のバックアップに当たるようになった。
 歴史的に見てみると、この甚句は子供中心というわけではなかった。今回子供達を対象に始めたのは、地域の伝統芸能を次代へ継承していきたいという強い想いがあったからだ。予算的な問題など苦労も絶えないそうだが、「生き生きと練習する子供達を見ていると、活動を始めてよかった」(当時館長を務めた吉川さん)と実感できるそうだ。

 公演は年に5回程度。決まったものとしては、4月中旬の日曜日に笹原川千本桜で行われる桜まつりや、お盆に宗福(そうふく)寺で行われる盆踊り、9月中旬の敬老会、下旬の八雲神社秋季例大祭、三穂田ふれあいセンターで11月3日に行われる文化祭等がある。また、依頼があれば町外にも出向く。これまでも郡山市民文化センターでの公演等を行なってきた。
 昔は盆踊りで一晩中演奏していたこともあったそうだが、今は10分程度に区切っている。演目は一つなので、内容は時間の長短で変わらない。
 特色は、大太鼓・笛・釣鐘(つりがねく)の他、小太鼓・(つつみく)・三味線・すり鐘の7つの楽器を使うことだ。
「演奏がぴったり合ってくると、とても華やかで綺麗な音色になります」と吉川さん。ただ、楽器を覚えるのは決して簡単なことではなく、練習は大変だ。

 現在子供達の指導にあたっているのは、青木武治(たけじ)さん、菅野(かんの)勝弘さんのお2人だ。(発足当時は前会長を含めた3人) 経験者として吉川さんより依頼を受けた。今回お話を伺った青木さんは、家族の影響で小さい頃から甚句に親しみ、青年期には笛や太鼓などを先輩や父親の見様見真似で覚えた。
「現在の形が、本当に昔と同じかどうかは分かりませんが、時代に即した形で継承していきたいと思っています。褒めたり叱ったり、子供達と真剣に向き合っています」
 まず最初は、笛を鳴らすところから始まる。子供達は音を出せないと自信をなくしてしまうからだ。音が出たらだんだんと音色に近づけていく。2〜3年すると子供達の腕も上達し、発足当時から所属する子はかなりうまくなった。そういう子が入りたての下級生に指導をしたり、子供達同士でも教え合うようにしながら結束を高めていった。
「練習で苦労した分、発表の時にうまくできると、私も子供達も嬉しいんです」と青木さん。
 今後の課題は「指導者を増やしていくこと」だと言う。子供達の中から次代の指導者が生まれ、文化が継承されていくことに期待を寄せる。やりたいという人がいれば、郡山市街地など、他地域からも参加を受け入れていく方針だ。

 7つの楽器を使った甚句は近隣でも珍しく、安積守屋甚句は三穂田が誇る貴重な文化資源だと言える。未来を担う子供達が継承者となっていくことで、今後も永く親しまれ、より広く知られる郷土芸能になっていくに違いない。

※注:古くは「安積甚句」といったが、近隣地域でも甚句が唄われていたため、現在の名称となった。

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