青柳の笠踊り - 郡青ひなたweb
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時代の変化を乗り越え復活した伝統芸能。
青柳から新たに地域の魅力を発信していく。

青柳(あおやぎ)の笠踊り

写真:馬場一久さんご提供のもの。歴史的に最も初期のものと考えられる。地域の人々の楽しみとして、家々を回っていた。当時から二つ笠で踊るスタイルであった。

取材ご協力・一部写真ご提供:馬場一久(いちきゅう)さん

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毎年8月に行われる「大桃夢舞台」での公演。伊南地区を代表する芸能の一つとして出演。
青柳に舞台が復活! 2013年8月に行われた「青柳歌舞伎の夕べ」に地元の芸能として出演。
馬場一久さんご提供。昭和47年「伊南村芸能祭り」の写真。
2010年の伊南川古町温泉あゆまつりにて。
同。平成21年から導入している唐傘を使った踊りも披露。

 伊南(いな)川流域は、様々な伝統芸能が残る地域だ。青柳の笠踊りも、伊南で継承されてきた芸能の一つ。元は戦前、戦中における人々の娯楽であったといわれている。当時はテレビも何もない時代。広い家の座敷で歌い踊ることで、人々は楽しみを分かち合った。ただ、これは神事ではないため、生活の変化による2度の中断を余儀なくされた。

人々の娯楽であった故の変遷

 一度は昭和30年代半ば。戦争が終わり日本が復興を目指す中、人々は自分達の生活で精一杯だった。特に子供の教育費がかさむ家庭が多く、娯楽まで目を向ける人が少なくなったのだ。
 復活したのは昭和46年のこと。日本人の生活も豊かになってきた頃、当時の伊南村が指揮を執り、芸能祭りを復活させた。笠踊りは青柳集落の他に、白沢(しらさわ)集落や宮沢集落など、いくつか行う地区があったようだ。それぞれに踊りの特色があり、互いに切磋琢磨しながら10年程続いた。
 しかし昭和50年代後半に再び情勢が変わる。冬の間の仕事が増えて人々が忙しくなったことや、スキー場のオープンなど、様々な娯楽の台頭などにより、結局平成の初めの段階で芸能祭りは中止となってしまう。
 このように、人々の生活に左右されてしまう状況であったが、平成19年におよそ20年振りの復活を遂げる。それはやはりこの踊りが地元で親しまれたものであり、魅力を知っている人が少なからずいたからこそであろう。

生の歌声、演奏が特色。再び地域の宝にしていきたい

 笠踊りは現在は青柳地区だけのものとなってしまったが、昔の経験者を中心とし、やりたいという人を集め、本当に好きな人だけでチームを作った。中には20代の若手もおり、魅力を新たに発信すべく練習を重ねている。
 形態としては、群馬の八木節(やぎぶし)を踏襲しており、頭にかぶる笠を加工して振り回しながら踊る。
 両手に笠を持つ「二つ笠」であることが、青柳の大きな特徴の一つだ。市販の笠をそのまま使うのではなく、穴を開けて真ん中の部分をくりぬいて派手な装飾を施す。空気を抜き、振り回しやすくするための工夫なのだそうだ。
 ただ、手も足もかなり激しい動きとなるため、長時間踊ることができないことが難点であった。そこで、平成21年からは渦巻きの描かれた唐傘(からかさ)を回しながら踊る方法も導入した。2種類にすることで、7分程度のステージが可能となった。どちらも賑やか、かつ華やかで、見ている方も楽しくなってしまう。
 また、踊りのバックが生の演奏であることにも注目したい。太鼓、鐘、竹のへらでリズムをとり、唄も自分達で歌う。
 メンバーの馬場一久さんは「たくさんのものに囲まれたこの時代だからこそ、あえてものに頼らず、生で演奏するよさを知ってほしい」と語る。実際、生演奏は音の響きがよく、観客にも喜ばれるということだ。

 現在、定期的には8月に行われる郷土芸能の祭典「大桃夢舞台」、10月に古町(ふるまち)温泉で開催される「伊南川古町温泉あゆまつり」、季節毎に青柳地区で行われる「キャンドルナイト」、農協の婦人部の大会等に出演している。その他声がかかれば随時披露する。
「笠踊りがあることで、いろいろなところから声をかけていただけますし、多くの人・地域との繋がりもできます。それがゆくゆくは地域の活性化に繋がればと思います」と馬場さん。
「せっかく復活したこの郷土芸能を大切に、今後も継続することで、踊りによって地域全体を元気にしていきたいです」
 再び地域の顔として根付くのはそう遠い話ではないだろう。

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