安積国造神社 秋季例大祭 - 郡青ひなたweb
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郡山総鎮守
安積国造(あさかくにつこ)神社 秋季例大祭

秋季例大祭最終日は神輿還御が行われる。
普段たくさんの車で溢れる駅前大通りも通行止めとなり、この日ばかりはお祭り一色になる。大都市の中にも地域に根付いた文化があり、ここで暮らす人々の繋がりがあることを再確認させられる日だ。
「ワッショイ! ワッショイ!」と威勢よく通り過ぎていく神輿は、町の灯の中で美しく輝く。秋の涼しい空気がお祭り特有の熱気に染められていく。

当写真ご提供:安積国造神社

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取材ご協力:安積国造神社 第64代宮司 安藤智重さん
写真ご提供:安積国造神社
参考文献:安藤智重 著「安積艮斎−近代日本の源流−」2010、歴春ふくしま文庫(歴史春秋社)

安積国造神社
住所:〒963-8005 郡山市清水台1-6-23
電話:024-932-1145
ホームページはこちら
特集の秋季例大祭は、9月27〜29日の三日間実施。

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歴史と共に歩んできた、古代から続く総鎮守

緑生い茂る季節の拝殿。安積国造神社ご提供。
御神楽殿。お祭りの際には神楽が奉納される場所。
神様が鎮まり坐す御本殿。安積国造神社ご提供。

 郡山駅から駅前大通りを進むと、緑の木々に囲まれた一角が見えてくる。郡山総鎮守である安積国造神社だ。国道4号、さくら通りに面した市街地の中心部に位置し、古くから安積、郡山の歴史と共に歩んできた神社である。

 創建は第13代成務天皇の御代(135年)とかなり古い。勅命により比止禰命(ひとねのみこと)阿尺国造(あさかのくにのみやつこ)に命じられ、安芸国からこの地に赴き、未開の荒野を開いた。その際に赤木山(現在の赤木町)に阿尺国の神として穀神・和久産巣日神(わくむすびのかみ)、祖神・天湯津彦命(あめのゆつひこのみこと)を祀ったのが神社の起源である。後の安康(あんこう)天皇の時代に比止禰命が合祀されて国造(くにつこ)神社と号された。

 その後、延暦(えんりゃく)年中に坂上田村麻呂東征の際に誉田別命(ほむだわけのみこと)が国造神社に奉祀され、天和(てんな)3年(1683年)現在の清水台の地へ奉遷される。また、中世の領主・安積伊東氏の城内に鎮座されていた倉稲魂命(うかのみたまのみこと)も同年に清水台へ奉遷。明治5年(1872年)には赤木山に鎮座されていた国造神社も清水台へと移り、3社を総称して安積国造神社と呼ばれるようになった。

 国造(くにのみやつこ)が置かれることは、地方にとっては新たな歴史の始まりだと言える。この神社はその時代から連綿と続いており、まさに郡山の歴史と共に今日まで歩んできたのだ。

安積国造神社起源の地、赤木。現在の赤木神社と大ケヤキ。
安積国造神社ご提供。

文化の中心地だからこそ形作られた華やかな祭り

人で溢れ返る駅前大通りを行く。
神輿還御は祭りが一番盛り上がる時だ。
還御の神輿は駅側から神社の石段を駆け上がる。多くの見物人が詰めかけ、カメラを構える。

 古代において阿尺国(あさかのくに)(注1)とは旧安積、安達、田村の3郡の広い領域であった。近年田村町で大安場(おおやすば)古墳が整備されたが、郡山市街におよそ120、大槻町には160程の古墳があったと言われている。古代からそれだけ大きな勢力があったということだ。郡山という名前も古く、この場所に郡衙(ぐんが)(注2)が置かれていたことに由来する。

 明治時代の安積疏水(あさかそすい)の開拓は地域の発展に大きく寄与したが、郡山という場所はそれ以前、古代からずっと地域の中心であり続けた。江戸時代、二本松藩領の頃には奥州街道の宿場町として郡山宿があり、3つの代官所、安積郡内全村の米蔵が置かれ、物流や行政面で藩における重要な拠点となった。街道筋で交通の要衝であったことから、商業も大きく発展した。

 町の発展は文化の発展につながる。郡山でも学問や文芸が発展していき、お祭りもそうした文化的土壌の中で華やかに執り行われるようになった。それは都市文化がある程度成熟し、人々に余裕がなければできないことである。

 現在安積国造神社では元旦から一年を通して様々な祭礼が行われているが、地域を代表するお祭りとして古くから根付いてきたのが秋季例大祭である。祭り自体は人々の祈りのあらわれであり、すなわち神社が始まったときから存在していたと言える。だが、神輿や山車が出るような華やかな形になったのは、やはり郡山が発展した江戸時代からである。元文(げんぶん)3年(1738年)からは山車祭りが、明和(めいわ)2年(1765年)からは神輿渡御(とぎょ)が行われるようになった。

注1:あさかは、初め「阿尺」という漢字が当てられていたが、後に平安の「安」と米が実って積まれている状態を表わす「積」とを当てるようになった。
注2:郡衙とは古代における政庁・城のようなもの。

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