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田村町の史跡と風景

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下行合(しもゆきあい)の風景

県道73号二本松金屋線から。

田村町下行合

 市街地方面から阿武隈川を渡り、すぐの下行合地区。穏やかな農村地帯が広がり、川向こうには郡山駅のシンボルであるビッグアイや、商業ビルなどを望む。特に県道73号二本松金屋(かなや)線からの景色は良い。
 付近には約15000年前の石器が発掘された宮田A遺跡があり、郡山市歴史資料館に石刃が展示されている。

阿武隈川の河原

日大工学部付近より。

田村町徳定(とくさだ)

 田村町西部の阿武隈川流域には、日本大学工学部をはじめ、日大東北高校、帝京安積(あさか)高校など学校が多い。学園都市的な街並みで、春は大学の桜が満開になり、美しく彩られる。土手の道をゆっくり散策しながら、川の風景を楽しむのもいいだろう。

谷地(やち)観音

永徳橋から東へ直進し、入り組んだ道を入っていく。

田村町徳定

 徳定は過去には「木賊(とくさ)田」と書き、坂上田村麻呂生誕の伝説が残る地である。田村麻呂の母は阿口陀媛(あくたひめ)といい、周辺には二人に関する様々な言い伝えがある。その阿口陀媛が祀られているのが、谷地観音だ。
 現在は日大工学部が近いこともあり、アパートやマンションと田畑とが混在している一角である。

御代田n(みよだ)の風景

菅布禰神社
菅布禰神社前、水郡線の踏切付近。すぐ南に御代田小学校がある。
阿武隈川の流れ。自転車道が整備されており、車は途中までしか入れない。

田村町御代田

 須賀川(すかがわ)市との境界にある御代田は、阿武隈川沿いの集落で、水が豊富であったことから、縄文晩期には人が住み着いていた。丘陵地への入り口にある菅布禰(すがふね)神社は、田村氏が治めた星ヶ城(御代田城)があった場所ではないかと言われている。神社前の水郡線の踏切からは、開けた美しい景色が見られる。晩春には芝桜が咲く。

田村神社

階段を上ると仁王門があり、その先に拝殿がある。
江戸時代の延宝6年〜8年に検地が行われた際の、奉謝としての検地燈籠。鎮守様にあるのは珍しい。
長い階段を上り拝殿へ。

田村町山中(さんちゅう)

 坂上田村麻呂が、守護神である大元帥明王(だいげんすいみょうおう)を祀ったのを始めとする神社。そのため、田村大元明王社と称したが、明治初期の神仏分離で田村大元帥神社、さらに田村大元神社、田村神社と改称された。
 戦国時代の永正(えいしょう)元年(1504年)に、三春田村氏が守山から三春に本拠地を移し、その際に田村大元明王を三春へ勧請(かんじょう)した。こちらが現在三春にある、田村大元神社である。(こちらの特集 新町・清水方面を参照)
 現在は国道49号がすぐ脇を通り、道路からも鬱蒼とした森が見える。絵馬や厨子(ずし)、蒔絵など様々な文化財を有する。元禄2年(1689年)には松尾芭蕉も訪れたとされる。桜や紅葉の名所としても知られ、町民に愛されている。

大安場(おおやすば)史跡公園

平成21年に全面オープン。市民憩いの場としても親しまれ、郡山の新しい名所の一つとなった。

田村町大善寺(だいぜんじ)

 平成3年に発見された東北最大の前方後方墳、大安場古墳(国史跡)を有する公園。4基の円墳もあり、園内を一巡しながら見学できる。併設されたガイダンス施設では、古墳からの出土品などが見られる他、映像室や体験学習室で歴史を学ぶことができる。

住所:田村町大善寺字大安場160番地
TEL 024-965-1088

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