ぶらり歴史散策 - 郡青ひなたweb
郡青ひなたweb

トップ>>三春町>>ぶらり歴史散策

三春町中散策

ぶらり歴史散策

 三春は山間の谷間に発達した町だ。1504年に田村義顕(よしあき)が居城を大志多(おおしだ)山に構えて以降、城下町として栄えた。江戸時代には旧田村郡の大半を領した三春藩の政治・経済・交通の中心地となり、商業や経済活動の近代化にも貢献した。町を歩けば、歴史や文化がある町だけが持つ、独特の風情が感じられる。町役場隣の駐車場に車を止め、町内を散策してみよう。

取材ご協力:三春町歴史民俗資料館
参考文献:「三春 城下町を歩こう」2008、三春町歴史民俗資料館編集・発行

※情報提供ご協力のお願い※

 このサイトでは、主に2007年~2013年にかけて取材をした記事を掲載しています。そのため、情報が古くなっていたり、掲載が不適切なものがあるかもしれません。
 取材対象者の方をはじめ、地元の方、歴史に詳しい方など、もしもお分かりになる点がございましたら、コメント欄、またはお問い合わせフォームより、ご教示いただけますと幸いです。
 また、観光客の方で実際にお出かけになる場合は、掲載している自治体観光課、観光協会等へ日程をご確認ください。特に新型コロナウイルスの流行以降、行事自体を開催していない場合があります。当サイトは、性質上、最新の観光ガイドにはなれませんので、ご容赦ください。

町役場周辺・大町

講所・三春正道館跡の碑
自由民権ひろば
三春町歴史民俗資料館
明徳門

役場駐車場からすぐ。三春の文化、歴史を紐解く入口

 まずは役場隣の駐車場に注目したい。ここは江戸時代後期に藩の学校である講所(こうしょ)が、明治時代には福島県内唯一の政治教育の学塾である三春正道館(せいどうかん)があった場所だ。現在歩道側に石碑が立てられている。
 また、南方の歴史民俗資料館へと向かう坂の下には、自由民権ひろばがある。 三春は明治時代に福島自由民権運動の拠点となった場所。指導者の河野廣中(こうのひろなか)の銅像と共に石碑が立てられ、広場として整備されている。

 急な坂を上り切ると、三春町歴史民俗資料館だ。三春の文化や歴史を紐解くには、欠かせない場所。春は入口の枝垂桜が美しい。また、坂の途中からは、桜谷散策路が分岐しており、散歩に最適だ。町内には山を散策できる小さな小径が多く整備され、どこも竹が青々と美しい。歴史と共に自然も体感してみたい。

 道路を挟んで役場の向かいにも目を向けて見よう。何やら立派な門が見える。三春小学校の正門だ。ここは江戸時代前期に藩主の御殿が設けられた場所で、明徳門(めいとくもん)と呼ばれている。

田村義顕が築いた三春城跡

 さて、役場前の県道を東へ進んでいくことにしよう。すぐに三春城へと続く急坂に辿り着く。お城坂と呼ばれ、車でも上がっていけるが、かなり急なので十分注意したい。麓から三春城まではおよそ100メートルほどの高低差だ。
 ここは永正(えいしょう)元年(1504年)、戦国大名であった田村義顕が築いたとされる城である。戦国時代は本丸と二の丸を中心とした山城、江戸初期に改修され、本丸御殿等を擁する形へ変わっていった。何度か火災による建物の消失があったものの、明治維新の施策によって解体されるまで、再建しながら存続した。
 江戸時代の秋田氏の頃からは、現在の三春小学校の場所に御殿が建てられたため、藩主の住居としては使われてこなかったが、儀式の時などには使用されていたようである。この時期、藩の政治は「会所(かいしょ)」と呼ばれる建物で行われていた。これは現在の三春交流館「まほら」がある一帯に建てられていたと言われる。
 なお、「舞鶴城」と呼ばれるようになったのは、江戸時代後期から。現在は城山公園として整備され、わずかに残された石垣などが往時を偲ばせる。詳しい城の構造や姿などは、先に紹介した三春町歴史民俗資料館にて、江戸時代の三春城絵図を公開しているので、そちらを参考にしたい。

三春城の牡丹桜
三春城奥跡
二の丸跡
整備された階段

情報が古い、掲載が不適切な事項などありましたら、お問い合わせフォーム、あるいは以下コメントよりお知らせください。特に当事者の方や地元の方、何卒ご教示ください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です