名所、旧跡、町並みなど

取材:2008年4月~2009年12月
取材ご協力:二本松市産業部観光課(TEL 0243-55-5095)
文 :木村裕輔
写真:木村裕輔、秋濱あいり
挿絵:秋濱あいり
(掲載の情報は取材時のものです。情報が古い場合や、お気づきの点がございましたらご連絡ください。メールはこちら)

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霞ヶ城本丸

数多くの魅力的な観光地を擁する二本松市だが、その中でも多くの観光客に愛され、市民憩いの場として親しまれているのが、霞ヶ城(かすみがじょう)こと「二本松城」だ。

二本松城は室町時代の畠山(はたけやま)氏の時に始まり、伊達氏の支配などを経て、1643年に二本松藩丹羽(にわ)家の初代藩主となる丹羽光重(みつしげ)が入城。 以降丹羽氏の居城として栄えた。
後に1868年の戊辰戦争で激しい攻防が繰り広げられ、建物の多くを焼失。二本松少年隊などの悲話を残し、落城の憂き目にあった。

左写真:本丸石垣。上からの眺めは最高だ。

 

霞ヶ城二合田用水現在は県立霞ヶ城公園として整備され、市民から「お城山」と呼ばれて親しまれている。
有名な「菊人形」もここで開催され、春の桜のシーズンと並んで一年で最も賑わいを見せる時期となる。丁寧に修復復元された本丸石垣は、この地の歩んだ歴史を伝えているかのよう。市街地や遠く安達太良山(あだたらやま)を見渡す景色は、四季折々の豊かな美しさに気づかせてくれる。

右:箕輪門付近。涼やかにお堀(二合田用水)の水が流れる。

 


霞ヶ城桜の季節 菊人形

本丸から 霞ヶ城箕輪門

上左:桜が満開の公園。本丸駐車場付近から。
上右:菊人形。2008年度実施の写真。
例年10/1~11/23頃まで開催。詳しくは、二本松市産業部観光課(TEL 0243-55-5095)へ。
二本松市の菊人形のページはこちら

下左:本丸から市街地を臨む。下右:二本松少年隊群像と霞ヶ城。

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亀谷ロータリー 亀谷まつり坂

城下町の街角へ

二本松市街地はどこかに車を止めてゆっくりと散策したい。駅からすぐの本町(もとまち)、松岡(まつおか)、亀谷(かめがい)など城下町らしい気品ある町並みが広がる。
毎年10月に行われる「提灯祭り」では華やかな灯りを放ちながら太鼓台が練り歩く場所だ。

左:亀谷ロータリー。右:亀谷まつり坂。

安達太良山を望む 見晴らし台近く

また、市街地で素晴らしい景色を堪能したいなら、霞ヶ城公園西の見晴らし台へ行ってみよう。町の景観と自然との調和を楽しむことができる。

左:霞ヶ城公園見晴らし台より安達太良山を望む。右:見晴らし台近くの風景。

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岳温泉岳温泉

二本松市街地から西方、安達太良山方面へ国道459号を上っていくと、安達太良山麓の岳(だけ)温泉に辿り着く。山の涼しい空気に包まれる、のんびりとした温泉地だ。

左:8月の岳温泉、温泉街。盆踊りの季節で、提灯が飾られていた。
ホームページはこちら

 

鏡ヶ池公園 温泉神社

ここの温泉は、山の豊富な湧泉地帯から天然の温泉を引き湯してきており、適度に湯もみされた温かく柔らかなお湯を楽しむことができる。安達太良山を眼前に、鏡ヶ池(かがみがいけ)公園をのんびりと歩いてみるのもいいだろう。
なお安達太良山へは、この先県道をさらに上っていく。

左:鏡ヶ池公園。風光明美な場所に立つホテルがいいアクセント。右:温泉街の坂の上方にある岳温泉の守り神、温泉神社。

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薬師岳展望台 薬師岳展望台

薬師岳安達太良山、あだたら渓谷

二本松の人と話をしていると、安達太良山を「心の原風景」として語る人が多い。二本松市街地から見る安達太良山は雄大で、町を包み込んでいるような圧倒的な雰囲気がある。

岳温泉から県道386号岳温泉線を西進していくと、「奥岳(おくだけ)」に着く。
ここは登山やハイキングの出発点であり、冬場は「あだたら高原スキー場」として多くのスキーヤーが訪れる場所だ。
薬師岳(やくしだけ)までゴンドラリフト(※)が運転されているので、登山者でなくとも、山の魅力を存分に味わうことができる。
晴れれば薬師岳展望台からの眺めが素晴らしい。

 

上左:薬師岳展望台からの俯瞰風景。上右:薬師岳展望台付近から。
下側:薬師岳展望台付近。高村智恵子の言葉より「この上の空がほんとの空です」と書かれた記念碑が立っている。

※ゴンドラ「あだたらエクスプレス」は、片道大人900円、子ども650円。往復大人1,600円、子ども1,200円。
営業時間は8:30~16:30まで。所要時間は5~10分程度。
ホームページはこちら

あだたら渓谷 昇龍の滝

二階滝また、登山とまではいかなくとも自然を体感したい人におすすめなのが、登山道入口から分岐する「あだたら渓谷奥岳自然遊歩道」だ。
ここは安達太良山を源流とする原瀬(はらせ)川の、特に景観の優れた5キロほどを「烏川(からすがわ)」と名付け、その中で最も景観に優れた1キロを国が整備したもの。1時間半程度でゆっくり一巡できる。

上左:あだたら渓谷奥岳自然遊歩道から。 上右:遊歩道より、昇龍の滝。
左:遊歩道より、二階滝。

 

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原瀬上原遺跡原瀬上原遺跡
■二本松市原瀬日照田

二本松市街地の西側、原瀬地区は穏やかな風景が広がる農村地域だ。ここには県指定の史跡「原瀬上原(うわはら)遺跡」がある。

左:原瀬上原遺跡。原瀬川の左岸に広い範囲で分布している。

 

原瀬地区国道459号毘沙門堂(びしゃもんどう)から南進する道路と、大玉村方面からの農免道路が交差する場所に位置し、緑眩しい原っぱの上に3棟の竪穴住居が復元されている。
昭和43年までの調査で縄文中期の竪穴住居跡18軒が発掘され、県内で最初に縄文時代集落跡として確認された場所だ。

右:原瀬の風景。安達太良山を望む穏やかな農村風景だ。

 

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粟ノ須古戦場跡粟ノ須古戦場

原瀬上原遺跡の縄文時代から歴史は大分進み、1585年のこと、当時米沢に居城を構えていた伊達政宗は、父輝宗(てるむね)と共に勢力を振るい、現在の二本松市東部に位置する小手森(おてのもり)・小浜(おばま)・宮森(みやもり)の諸城を攻略。さらに二本松城に攻め入ろうとしたが、当時の城主・畠山義継(よしつぐ)が条件付きで伊達氏に服属することで和議が成立した。
しかしその後、義継は和議の礼に訪れた宮森城で輝宗を討つことを企て、取り囲みながら二本松城に引き揚げようとしたところを、途中粟ノ須(あわのす)の地で政宗に追い詰められた。義継は輝宗を刺殺の上、やむなく自害した。

上:古戦場跡の地名は「沖」。県道116号二本松三春線には案内板がある。

大稲場戦国の名将二人が果てたこの場所は、現在史跡として整備され、田園の緑の中にひっそりと佇んでいる。

右:古戦場跡からすぐの大稲場地区から。この辺りも景色が美しいところだ。

 

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小浜城跡 小浜城跡

小浜城跡小浜城跡、宮森城跡

二本松市街地から国道459号を東へ進み、阿武隈高原の山々に抱かれ始めた頃、思いがけず再び趣ある町並みと出逢う。小浜城跡や宮森城跡を擁する小浜だ。
小浜城は南北朝時代に創築、後には大内定綱(さだつな)の居城となっていたとされる。
伊達政宗が1585年に入城、翌年にかけてここに滞在した。その後若松城の支城として蒲生(がもう)氏が入り、現存する石垣などはその頃に築かれた。

上各:小浜城跡。現在も石垣が残されている。本丸跡は公園として整備され、憩いの場となっている。

 

宮森城跡 宮森城跡

なお、小浜城は「下館」と呼ばれ、南方の宮森城が「上館」と呼ばれる。両城の間に集落が形成され、現在の情緒ある町並みの基盤となった。

上各:宮森城跡。政宗の父・輝宗がここに在陣した。小浜川に沿って県道40号線を南へ進むと案内板がある。

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小浜小浜の町並み

小浜の町は宮森城と小浜城を南北にして広がっている。小浜川に沿って県道40号飯野三春石川線が通っており、沿道には昔からの商店街が軒を連ね、趣ある雰囲気を作り出している。
川や山などの自然と町並みが絶妙に調和しており、長い歴史のある町だからこその貫禄が感じられる。

左:小浜川。ところどころにかかる橋の雰囲気がとてもよい。

 

小浜 紋付祭

10月に行われる塩松神社の例祭「小浜の太鼓台祭り」は、「紋付(もんつき)祭」とも呼ばれ、紋付袴姿の氏子たちが町内を練り歩き、夜遅くまで賑わいを見せる。

左:県道40号沿いの商店街。国道459号沿いも活気がある。
右:紋付祭。2009年10月開催より。
例年、体育の日の前の土曜日から3日間の日程だ。 (変更される場合がございますので、下記ホームページでご確認を)
紋付祭のホームページはこちら

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合戦場の桜木々のある風景

■ 二本松市東新殿

二本松市の南東部、旧岩代(いわしろ)町管内は阿武隈高原の美しい山々の中に位置するため、木々の見どころも多い。
小浜の東、東新殿(ひがしにいどの)にある「合戦場(かっせんば)のしだれ桜」もその一つ。かつて源義家と安倍貞任(あべのさだとう)・宗任(むねとう)が合戦をした地であることから名付けられた。
近くに寄ると、二本の木が重なって一本の大木のように見えていることが分かる。

上:合戦場のしだれ桜。今回春に写真を撮れなかったのが残念だ。

 

杉沢の大杉■二本松市杉沢

また、樹齢600~1000年と言われる全国的にも珍しい「杉沢(すぎさわ)の大杉」も訪れたい。季節の花野原の中にそびえる高さ約50メートルの杉の巨木は圧巻だ。田村市との境界のほど近くに位置する。

右:杉沢の大杉。8月、奥には向日葵が、手前には少し早いコスモスが咲いていた。

 

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日山羽山・日山からの風景

二本松市は東へ行けば行くほど、阿武隈高原の雄大な自然に包まれていく。初夏からの季節はタバコ畑が実に美しい。また、変わりやすい山の天気が虹などの神秘的な美しさを運んでくることもある。
西の安達太良山と並び、東部ではまた違った山の美しさを存分に味わうことができる。今回景色を見に訪れたのは、川俣(かわまた)町や浪江(なみえ)町にほど近い、羽山(麓山 はやま)と日山(ひやま)だ。

左:日山から。阿武隈山系の山々が連なって見える。

 

羽山国道459号田沢から北へ少々登っていくと、やがて砂利道となり羽山へと入っていく。頂上付近は牧草地になっており、牛の飼育が行われていた。雄大な景色の中で草を食む動物たちの姿が愛らしい。
ただ、ここはあくまでも人々の生活に根付いた牧草地。観光牧場ではないので注意したい。

右:羽山から。途中の砂利道は走行に十分な注意が必要。

 

日山遊歩道入口羽山とは逆に国道から南へ入っていくのが日山だ。こちらはキャンプ場やパークゴルフ場、親水広場などがあり、「県立日山自然公園」として整備されている。
古くから山岳信仰の山として崇められていたようで、遊歩道の入り口には鳥居が立てられている。
この辺りは「富士山が見える北限の地」であるとのこと。それだけ見晴らしがよく素晴らしい眺望が楽しめるということだ。四季折々の山の風景を俯瞰しに出かけたい。

上:日山の遊歩道入り口。山頂には神社がある。

 

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夏無沼夏無沼

旧東和(とうわ)町管内である北東部も、山に囲まれた自然豊かな場所だ。
川俣町との境界に位置する口太山(くちぶとやま)は、夏無沼(なつなしぬま)を中心に自然公園として整備され、キャンプサイトやバンガローなどが設けられている。木漏れ日が届かないほど大木が生い茂り、どんなに暑い夏も涼しかったことから、「夏無」の名が付けられたとされる。


上:夏無沼。口太山も山岳仏教の地で、沼周辺は「坊主屋敷」とも呼ばれ、夏無廃寺跡だ。

みはらし原っぱ右:みはらし原っぱ。子どもと遊ぶには恰好の場所だ。
なお、夏無沼へのアクセスは、国道349号を北進、口太山トンネル手前より舗装林道へ入る。

 

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馬洗川渓流 馬洗川渓流

馬洗川渓流

安達太田(あだちおおた)川と針道(はりみち)川が交わる地点は、その昔源義家が愛馬の汚れを洗ったという言い伝えから、「馬洗川(うまあらいがわ)」と呼ばれ、付近で美しい流れを楽しむことができる。
特に県道303号石沢荻田線に沿って流れる区間(二本松市太田)は「馬洗川渓流」と呼ばれ、駐車場が整備されている。小さな滝が連続する景色は、落ち着いた雰囲気で、見るものの心に直接訴えかけてくるような美しさがある。

上各:馬洗川渓流。いくつもの滝が連続する清流だ。

夏刈の二十三夜塔付近には奥州西海道の白髭宿(しらひげじゅく)があり、「夏刈(なつかり)の二十三夜塔」と呼ばれる線刻の磨崖仏(まがいぶつ)が建立されている。

右:夏刈の二十三夜塔。馬洗川渓流の東端から、川の南側にのびる道へ入っていく。白髭宿を越えてすぐ。

 

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木幡の幡祭り木幡の幡祭り

針道のあばれ山車と並び、東和地区を代表するお祭りが木幡(こはた)の幡祭りだ。
県内の祭りは秋に多いが、この祭りは初冬の12月第一日曜日に行われる。日本三大旗祭りの一つに数えられ、毎年県内外から多くの人が見物に訪れる。

この由来は平安時代に源頼義(よりよし)、義家父子が安倍氏を征伐した時(前九年の役)までさかのぼる。
父子はわずかな味方の軍勢と木幡山に立てこもり、戦勝祈願を行った。すると夜の間に木々に雪が降り積もり、朝方攻撃を仕掛けようとした安倍氏は、その雪を源氏の白旗と勘違いし攻撃を断念した。
以来、地域の人々は五反旗を手織りし、木幡山を練り歩きながら源氏を称えたということだ。

上:林道をゆっくりと進む行列。

木幡の幡祭り祭りが行われる12月初頭は、雪が降ることこそ少なくなったものの、木枯らしの吹く中を色とりどりの旗百数十本を抱えた長い行列が木幡山を練り歩く。山の下からスタートし、林道を徐々に登っていき、最終的には山の上の隠津島(おきつしま)神社まで進んでいく。
白はもちろん、青や紫、赤など様々な色が塗られた旗は、行列を俯瞰できるような場所から見ると、とても綺麗だ。 最終地点の隠津島(おきつしま)神社では、旗を持った人達が三重塔の横の石段を一気に駆け上がるとあって、早くからたくさんのカメラマンが駆けつける。

右:ゴールは隠津島神社拝殿。最後は旗が一同に集まる。

 

隠津島神社拝殿 隠津島神社三重塔

左:隠津島神社拝殿。右:隠津島三重塔。

木幡の幡祭り:例年12月の第一日曜日実施。
公式ページはこちら
(日程等は公式ページでご確認を)

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智恵子大橋から智恵子大橋

阿武隈川にかかる橋は数あれど、「智恵子大橋」は最も景色の美しい橋の一つかもしれない。ここは安達太良山と阿武隈川の美しさを一度に楽しめる場所だ。
橋の名は、二本松市(旧安達町)出身の高村智恵子から。安達広域農道の一部として、和紙の里として知られる上川崎地区と、長下地区をつないでおり、毎日多くの車が行き交う。

左:智恵子大橋から安達太良山を望む。

 

智恵子大橋 智恵子大橋

左:智恵子大橋。平成に入ってから完成した橋で、それ以前は渡し船が通っていたようだ。
右:夕景の美しさも格別なものがある。

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智恵子の生家智恵子の杜公園・智恵子の生家

「智恵子抄」で知られる高村智恵子は、旧安達町の造り酒屋で生まれた。修復・保存された生家は、当時の面影をそのままに訪れる人を楽しませてくれる。裏手の記念館も共に訪れれば、より深く智恵子の世界に浸ることができる。

 

左:智恵子の生家。現在の地名は二本松市油井。県道129号二本松安達線沿いにある。
見学は、9時~16時30分まで。水曜休館。大人400円、小中学生200円。お問い合わせは、TEL 0243-22-6151へ。

智恵子の杜公園 樹下の二人 詩碑

鞍掛の碑記念館から裏道を歩いて行くと、「智恵子の杜公園」に辿り着く。ここは鞍石山(くらいしやま)という小高い山で、夫の光太郎と智恵子の思い出の地。山一帯が整備され、安達太良山や阿武隈川を遠く眺めながら散策を楽しむことができる。

上左:智恵子の杜公園、詩碑の丘より。
上右:智恵子の杜公園内、「樹下の二人」詩碑。
下:智恵子の杜公園内、鞍掛の碑。鞍石山という名は、伊達家の片倉小十郎が二本松城を攻める前、この山で馬の鞍を下ろし石にかけたことに由来している。

 

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川面河畔公園 川面河畔公園

川面河畔公園

■ 二本松市下川崎

中通りの住民にとっては、あまりにも身近である阿武隈川だが、二本松市内を巡っているだけでも様々な表情があり、その美しさや雄大さに驚かされる。
市内最北部、福島市との境界にほど近い川面(かわづら)河畔公園も、そんな場所の一つ。正面には阿武隈漕艇場(そうていじょう)があり、カヌー競技が行われる場所だ。遠く新舟橋が景色にアクセントを添えている。

上各:川面河畔公園から。県道117号二本松川俣線を東進、川の手前を北へ入る。対岸は漕艇場だ。

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稚児舞台公園稚児舞台公園

■ 二本松市上川崎

上川崎地区周辺で阿武隈川は大きく蛇行しながら流れを東から北へ徐々に変えていく。稚児舞台(ちごぶたい)は大小様々な岩が連なり、県下10景に選ばれている景勝地だ。
この独特の地名には、源義家の戦勝祝いに稚児を岩上で舞わせた話など、いくつかの説がある。

 

稚児舞台公園園内では様々な名石が見られる他、虚空蔵尊、不動明王が祀られている。また、雪柳(稚児ざくら)の群生地にもなっており、春先には岩場に咲く可憐な花を見ることができる。

各:稚児舞台公園から。安達広域農道から東へ入っていくなど、様々な道路があるが、道が細く少々分かりにくいので、ところどころに出てくる案内板を参考にしたい。

 

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県道73号より 県道73号より

県道73号

■ 二本松市江口

最後に、郡山から二本松を結ぶ県道73号二本松金屋(かなや)線を紹介しておきたい。この道は基本的に阿武隈川東岸に沿って郡山~本宮~二本松を結んでいる道だが、本宮~二本松間は非常に狭く、国道4号がこれだけ整備されている現在、利用する人は多くはない。ただ、晴れた日に阿武隈川の変わりゆく景観を楽しむにはもってこいで、なかなかに味のある道だ。対向車や路肩に注意し、自然を楽しみながらゆっくりと走りたい。

上各:江口付近。狭い区間を抜け、整備された道路に出る。川の流れを眼前に安達太良山を望む。

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