本宮の歴史・文化

古くからの郷土芸能や貴重な出土品など、現代に残るこの地のロマンに触れる。
昔から変わらぬ形で継承されてきた浮島神社の太々神楽や、慈覚大師が開基した岩角寺など、市内の文化や歴史に出逢いに行こう。

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浮島神社の太々神楽

取材:2009年11月~12月
取材ご協力:浮島神社 宮司 国分正光さん
文、写真:木村裕輔

(掲載の情報は取材時のものです。情報が古い場合や、お気づきの点がございましたらご連絡ください。メールはこちら)

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歴史・概要

浮島(うきしま)神社は本宮市の東部、白岩(しらいわ)地区にある歴史ある神社だ。昔は金連大明神と呼ばれ、白岩地区の惣鎮守であった。明治2年に現在の浮島神社に改称。
ここで古くから伝わる伝統芸能が、県の重要無形民俗文化財として指定されている太々神楽(だいだいかぐら)である。

この神楽は、もともと神職の方々により披露されていたが、明治期以降は政府からの命により、神威高揚(かむいこうよう)のために氏子の方々による奉納に姿を変えていった。
各人の技術の習得と併せ、設備の充実も図られ、現在拝殿左側には立派な神楽殿を見ることができる。

奉納時期だが、現在は毎年元旦、4月15日に最も近い日曜日、文化の日である11月3日の年3回となっている。
元日は午前0時から。初詣と併せて見学したい。春秋は午前11時頃から夕方まで行われている。

見所など

浮島神社の太々神楽は出雲流の流れをくみ、全32座が伝えられている。そのうち現在はおよそ15座が舞われており、氏子さん達の高い技術を垣間見ることができる。
舞の美しさはもちろんだが、何よりの特色は昔のままの技法で全てが直接伝承されてきた点だ。幸いに昭和の戦乱の中でも途切れることなく伝えられ、昔のままのスタイルで現在も演じられている。

宮司の国分正光(こくぶん まさみつ)さんは、現在の様子を「氏子さん達に尽力していただいたおかげで、神楽継承への理解と協力が深まってきた。今後も参加してくださる方が増えると嬉しいです」と語る。
地域の貴重な文化財として、これからも昔からの所作を守り後世に伝えていく。

浮島神社

住所:本宮市白岩字宮ノ下320
TEL:0243-44-2678

浮島神社<例大祭>
春:4/15に最も近い日曜日
秋:11/3
<歳旦祭>
元日

 

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岩角寺の大梵天祭

取材:2009年12月~2010年1月
取材ご協力:岩角寺
文、写真:木村裕輔

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歴史・概要

岩角寺(がんかくじ)は本宮市北東部、二本松市との境界付近に位置する古刹だ。 天台宗総本山比叡山延暦寺の直末寺であり、仁寿元年(西暦851年)に慈覚大師(じかくだいし)により開基された。
寺院のある山一帯は、花崗岩の巨岩奇岩によって形成され、杉の大木がそびえる幽谷の地。
「岩角山(いわづのさん)」と呼ばれ、古くから信仰の霊地として、県内外から多くの人達が訪れる。

山中には毘沙門堂、三十三観世音、那智観音堂、奥の院などがあり、ゆっくりとお参りして40分程で一周できる。
中でも観世音や菩薩、天王、天神など八百八体が刻まれた岩石は、全国的にも非常に珍しく、歩いていると心鎮まる独特の雰囲気に包まれていく。

また、県重要文化財に指定されている「毘沙門天王(びしゃもんてんのう)」は、慈覚大師が開基した際、等身大の木像を刻み、安置したもの。 年に一度、寅の年に御開帳が行われるが、2010年がその年であった。

大梵天祭について

大梵天祭は、毎年1月3日に行われ、地域のお正月の風物詩となっている。
毘沙門天の御利益が梵天に降りてきて、その一片を持ち帰ることにより、10種ある功徳をいただくことができると考えられている。
護摩の奉修など厳粛な雰囲気で行事が執り行われるが、お昼頃からの庭先における梵天争奪戦で雰囲気が変わる。これはなかなかに勇壮で華やかだ。
梵天は竹の先に和紙が付けられた形をしているが、人々は皆御利益を授かろうと、その隅々までを奪い合っていく。
争奪戦は男女別になっており、三回程に分けて行われるので、機会を狙って参加してみるのもいいだろう。

岩角寺

住所:本宮市和田字東屋口84
TEL:0243-44-3354

岩角寺
1/1 元朝祭
1/3 大梵天祭
2/3 二の大祭
2/3 節分祭
5/3 那智観音祭
5月第3日曜 開山報恩祭
7/15 金花水不動尊
  採灯大護摩供大祭

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天王壇古墳

取材:2010年1月
取材ご協力:本宮市立歴史民俗資料館
文、写真:木村裕輔
写真撮影・掲載許可:本宮市教育委員会

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天王壇(てんのうだん)古墳は、本宮市北西部の大玉(おおたま)村との境界付近、安達太良山から東へ伸びるなだらかな扇状地に位置する。
付近は七ツ坦と呼ばれ、古墳時代中期の古墳が数多く存在した場所。現在は当古墳を含め、四つの古墳が残る。

形状は西側に造り出しを付設した直径38メートル、高さ4メートルの円墳で、埴輪棺が4基発見された他、多くの円筒(えんとう)埴輪や器財埴輪、動物埴輪等が出土されている。
江戸時代に発掘されて二本松藩主に献上されたという伝承が残り、明治時代にはここから出土されたとみられる石製模造品が紹介されるなど、古くから知られてきた古墳である。
昭和57年から58年にかけて調査が行われ、形状や出土品の詳細が明らかになった。

写真2の円筒埴輪は、筒型で口縁部から体部にかけて突帯が四条巡らされている。一番上の突帯が口縁部直下に作られているのが特徴的だ。
写真1の甲冑形(かっちゅうがた)埴輪は、甲冑を一体化した非常に珍しい作りになっている。権威などを表わすための「見せる甲冑」を意識して作られており、当時の歴史的背景を想像することができる。

これらの技法や特徴から、この古墳は5世紀後半のものであると考えられており、地域を代表する中期古墳として、多くの人々の関心を集めている。

現在、出土品は本宮駅近くの本宮市立歴史民俗資料館に展示されている。ここは市内の非木造建築物としては最も古い洋風建築物で、それ自体に歴史的価値がある。

天王壇古墳

住所:本宮市本宮字南ノ内

天王壇古墳静かな住宅街の一角の小高い丘の上にあり、西方に安達太良山を望む美しい場所だ。
国道4号線から西へ入って少々。道が狭いので、車で行く際はご注意を。

本宮市立歴史民俗資料館

※重要※
歴史民俗資料館へお出かけの際は、事前に見学の旨を電話でお伝えください。

住所:本宮市本宮字南町裡130
TEL:0243-33-2546

休館日:毎週土・日曜日・祝祭日、12/28~1/4
開館時間:午前9時~午後4時30分

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安達太良神社

取材:2010年1月
文、写真:木村裕輔

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安達太良(あだたら)神社は本宮市街地を見下ろす小高い丘の上にある。
久安2年(1146年)に安達太良山と大名倉山(おおなぐらやま)に鎮座されていた神々を合わせ祀り、安達太良大明神と称し、安達郡の総鎮守とした。

本宮はそれまでは「本目村」という地名であったが、お宮がやってきたことにより「本宮村」に改められたと伝えられている。

付近は旧国道(県道355号)に近く、旧家や商店が軒を連ねる一角に位置する。かつての「本宮宿」の雰囲気がどことなく漂う町並みで、ゆっくりと歩いて回りたい。

住所:本宮市本宮字舘ノ越
TEL::0243-34-2710

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抱付観音

取材:2010年1月
文・写真:木村裕輔

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本宮市西部の抱付観音(だきつきかんのん)は、大名倉山の麓に位置し、長い石段を上って行った先にある。

この不思議な名前の起こりは、天正年間に遡る。
当時伊達軍がこの地に兵を進めた時、会津芦名(あしな)の兵士が観世音を背負って逃げてしまった。
その夜、観世音はここの大岩に取り付き、一夜にして磨崖仏(まがいぶつ)となって蘇ったという伝承から、抱付観音と呼ばれるようになったということだ。

住所:本宮市岩根字深沢

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