南郷の早乙女踊り

地域の絆を強くする、新年に行われる少女達による伝統の踊り

南郷の早乙女踊り 福島県重要無形民俗文化財

取材:2010年10~11月
取材ご協力:鴇巣早乙女踊り保存会 事務局 酒井惣一さん
写真ご提供:近藤甚悦さん
文 、上写真:木村裕輔
参考文献:南郷村史
お問い合わせ:南会津町 南郷総合支所振興課(TEL 0241-72-2900)
(掲載の情報は取材時のものです。情報が古い場合や、お気づきの点がございましたらご連絡ください。メールはこちら)

上写真:2010年10月31日に県文化センター(福島市)で行われた「第52回北海道・東北ブロック 民俗芸能大会」に出場。県内からは2団体のみが選ばれ出場した。依頼があれば、このように公演にも出かけている。

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南郷(なんごう)は南会津町西部地域の中では北部に位置し、気候の特色を生かした「南郷トマト」の生産で知られている場所。早乙女踊りはこの地で古くから受け継がれてきた伝統芸能だ。
広くは「田植踊り」として東北地方で発展してきたもので、会津では「早乙女踊り」の名が付されてきた。
年神様や田の神様に対し、前年の収穫への感謝と、その年の豊作への願いを込め、踊り子達が独特の踊りを披露する。
文化年間(1804年~)には既に成立していたとされ、会津盆地から徐々に伊南川沿いの各地に広まったと言われている。
現在、南郷地区ではいくつかの集落でこの踊りが保存・伝承されているが、今回の取材では伊南川西部の鴇巣(とうのす)地区を訪れた。

中断されずに続いてきた地元の伝統行事

鴇巣の早乙女踊りは、古くは旧暦1月14日に、現在は1月中旬の土曜日の夜に行われている。
鴇巣出身で、会津藩主の家臣に仕えていた馬場夕庵(せきあん)が、この地に帰った折に城下から伝えたものだと言われている。以降、中断せずに今日まで継承されてきた。
踊りの舞台は各家の内部だ。見に訪れる人達を酒やご馳走でもてなし、客人と共に一年の喜びを分かち合う。 最近では家々を回った後、公民館でも踊りを披露しており、観光客など外部にも魅力を伝えていけるよう尽力している。
かつては夕刻から早朝までの長い時間をかけ、70軒近くある集落全ての家々を回ったそうだ。現在は事前に希望を募って、その家のみを回る方式に変更された。回る家は減ってしまったが、地元の人達が心待ちにしている行事であることに変わりはない。

子供達が地元の愛着を持ち、
      地域の結びつきも強まる

この踊りの一番の特色は、少女達が主役となり、踊っているところだ。開始当時は男子が踊りを担当していたようだが、時代と共に変化し、現在は中高生の少女達が担っている。
途中で道化が二人入ってくるのだが、そちらも高校生で、男子が担当だ。(そろわない場合は成人男子の場合も)
年明けから練習を始め、振り付けなどを覚える。踊り子3~4人と道化が2人、それに太鼓と笛、唄い手が付く。
唄い手は小学校に上がる前の子供達から小中高生、さらに保存会の面々と、幅広い年代が担当する。合わせると50人程の編成となる。
8分という長い時間を一定のパターンで踊るが、途中で入ってくる道化が面白おかしい動作で場を盛り上げ、退屈させない。前後左右に動きをつけながらの踊り方は、鴇巣独特のものだ。歌の良さも自慢だ。
踊り子の少女達は、のびのびと楽しんで踊る。皆「中学生になったら踊れる」と心待ちにしているそうだ。それは、周りの大人や先輩方が魅力を伝えてきた所以だろう。
毎年指導に当たっている鴇巣早乙女踊り保存会の酒井惣一(そういち)さんは、この行事を通し、子供達が地元に愛着を持ち、成長していく様子を嬉しそうに語ってくれた。
早乙女踊りの夜は地元の人達にとって特別なもので、皆で楽しく過ごすことで、地域の結びつきもより緊密になるのだという。
「子供達に魅力を伝え、この伝統が脈々と受け継がれていくよう、保存会として尽力したい」と酒井さん。
年明けは、南郷の人達の持つ温かな空気に触れにいってみよう。きっと見る側もどこか優しい気持ちになれるはずだ。

取材、文:木村裕輔

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